東京地方裁判所 昭和46年(ワ)8650号 判決 1973年9月25日
原告
伊勢融
ほか三名
被告
志村貨物運送株式会社
主文
1 被告は原告伊勢融に対し金二五五万五、八八五円および内金二四八万六、九九二円に対する昭和四五年五月八日から、内金六万八、八九三円に対する昭和四六年一〇月八日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告は原告伊勢祐子、同伊勢玲子に対し各金二三〇万五、八八五円および各内金二二三万六、九九二円に対する昭和四五年五月八日から、各内金六万八、八九三円に対する昭和四六年一〇月八日から各支払済に至るまで年五分の割合による各金員を支払え。
3 被告は原告桑原由平に対し金三五万円およびこれに対する昭和四五年五月八日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
4 原告らのその余の請求を各棄却する。
5 訴訟費用は被告の負担とする。
6 この判決は主文第1ないし第3項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者双方の求めた裁判
一 原告ら
「被告は原告伊勢融に対し二六〇万五、八八五円および内二五三万六、九九二円に対する昭和四五年五月八日から、内六万八、八九三円に対する昭和四六年一〇月八日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。被告は原告伊勢祐子、同伊勢玲子に対し各二三五万五、八八五円および各内二二八万六、九九二円に対する昭和四五年五月八日から、各内六万八、八九三円に対する昭和四六年一〇月八日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。被告は原告桑原由平に対し四〇万円およびこれに対する昭和四五年五月八日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決ならびに仮執行の宣言。
二 被告
「原告らの各請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする」との判決
第二主張
一 原告ら(請求原因)
(一) 事故の発生
伊勢芳子(以下被害者という。)は、つぎの交通事故(以下本件事故という。)によつて傷害を負い、その結果後記(二)のとおり死亡した。
1 発生時 昭和四五年五月七日午後四時頃
2 発生地 東京都板橋区前野町六丁目三番先路上
3 加害車 大型貨物自動車(練馬一い三三四五号、以下被告車という。)
運転者 訴外渡部英男(以下渡部という。)
4 事故態様 渡部は被告車を運転し、右事故発生地を進行した際横断歩道を歩行中の被害者に衝突し、転倒させたものである。
(二) 事故の結果
被害者は右事故後直ちに西尾医院に救急車で入院し、同医院にて頭部外傷兼顔面挫創兼胸部・腰部・両下肢挫傷の診断で、同医院に入院(六二日、昭和四五年五月七日から同年六月二七日まで、および昭和四五年一一月二一日から同月三〇日まで)および通院(実日数一二七日、昭和四五年六月二八日から同年一一月二〇日まで)して治療を受けたが完治せず、頭重感、眩暈、外傷性てんかん、左眼外転神経麻痺、不安定神経症が残り、日夜苦しんでいた。そこで、被害者は昭和四五年一二月一日から、福島県会津若松市の原告桑原由平(戸籍上は養父であるが、事実は実父である。以下原告桑原という。)方に滞在し、竹田綜合病院(昭和四五年一二月一日から同月一一日まで)、前田眼科医院(実日数六日、昭和四五年一二月三日から同月一〇日まで)に各通院し、右各症状に対する治療を受け、転地療養中であつたところ、同年一二月一一日午後一時頃原告桑原方住居縁側から転落し、直下の踏石で頭部を打ち、同日午後七時三〇分急性硬膜外および内血腫、頭蓋底骨折により死亡した。右踏石から縁側までの高さは僅か三七センチメートルで、もし正常人であれば縁側から足を踏み外しても容易に立つことができ、仮に横転することがあるとしても手足により身体を支え、大事に至ることはあり得ないと推認されるところ、被害者は左眼外転神経麻痺による複視のため目測を誤つて転倒したか、眩暈もしくは外傷性てんかんの発作により身体の平衡を失い、自らの身体を正常人のように支持することができないで転倒し、頭部を打つたため右死亡の結果を生じたもので、これは右症状に基因するものであり、ひいては本件交通事故の結果と認められる。
(三) 責任原因
被告は被告車を所有し、自己のため運行の用に供していたのであるから、自賠法第三条により原告らの損害を賠償すべき責任がある。
(四) 損害
1 被害者に生じた損害 三四六万七、六五五円
(1) 治療費(既填補分を除く) 一八万八、〇八一円
(2) 入院雑費 一万八、六〇〇円
入院一日につき三〇〇円の割合で六二日分である。
(3) 休業損害 一五万八、一三〇円
被害者は大正七年七月一一日生れの女子で、事故当時五二才であつたが、夫である原告伊勢融(以下原告融という)の営業(ベークライト加工業)を助けるとともに、家事一切をきりまわしていたところ、前記負傷により、入院および通院の期間中右労働に従事することができなかつた。昭和四四年賃金センサスによれば五〇~五九才の女子の労働者平均賃金は、月収三万八、〇五〇円で、一日当り一、二六〇円となるので、入院六二日につき七万八、一二〇円、通院実日数一二七日につき八万〇、〇一〇円(半日の休業として算定)、合計一五万八、一三〇円の休業損害を蒙つた。
(4) 逸失利益 二六五万二、八四六円
被害者は前記のとおり死亡当時五二才であるから、本件事故がなかつたならば、六三才まで就労可能と推定されるところ、前記の月収三万八、〇五〇円から生活費としてその三割を控除し、六三才までの得べかりし利益をライプニツツ式計算によつて年五分の中間利息を控除して現価に換算すると右記金額となる。
(5) 負傷に対する慰藉料 四五万円
被害者は本件事故により前記傷害を負い、その治療のため死亡時まで前記のとおり入・通院した。これに対する慰藉料として四五万円が相当である。
(6) 被害者の相続人は夫である原告融、嫡出子である同伊勢祐子(以下原告祐子という。)、同伊勢玲子(以下原告玲子という。)の三名で、右原告三名は法定相続分(各三分の一)にしたがい、右(1)ないし(5)の損害に対する賠償請求権をそれぞれ一一五万五、八八五円ずつ相続により取得した。
2 葬儀費用 二五万円
原告融が負担した。
3 慰藉料
原告融は被害者の死亡により、妻と同時に事業上の協力者も失い、原告祐子および同玲子は婚姻前の娘の身で母を失い、右原告三名にとつては文字どおり一家の支柱を失つたもので、その精神的打撃は測りしれない。また、原告桑原は父として被害者を自宅に引き取り看護していた間に被害者の死に遭遇したもので、その精神的苦痛は甚大である。以上原告らの精神的苦痛を慰藉するには、原告融、同祐子、同玲子については各一二〇万円、同桑原については四〇万円が相当である。
4 仮に、本件事故と被害者の死亡との間に因果関係が認められないとすると、原告らは本件事故による被害者の負傷によりつぎのとおりの損害を受けた。
(1) 治療費、入院雑費は前記と同じ
(2) 休業損害 一八万六、七四四円
発生原因、計算方法は前記と同じであるが、年収は、昭和四五年賃金センサスにより、五四万三、三〇〇円とする。
(3) 逸失利益 一五七万八、二八六円
被害者は本件事故により前記稼働期間労働能力を三五パーセント喪失したので、前記同様中間利息を控除して逸失利益を算出すると右記金額となる。
(4) 慰藉料 三〇〇万円
被害者が本件傷害により受けた精神的苦痛を慰藉するには右記金額が相当である。
(5) 相続
原告融、同祐子、同玲子は法定相続分にしたがい、被害者の損害賠償請求権を一六五万七、二三七円宛相続により取得した。
(6) 原告桑原は父として、精神的にも異常をきたした被害者を看護、扶養せざるを得なくなり、その苦労に対し慰藉料四〇万円を認めるのが相当である。
(五) 結論
よつて、原告融は被告に対し二六〇万五、八八五円および内、治療費・入院雑費の合計六万八、八九三円を控除した二五三万六、九九二円に対する事故日の翌日である昭和四五年五月八日から、右内金六万八、八九三円に対する本訴状送達日の翌日である昭和四六年一〇月八日から各支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、原告祐子、同玲子は被告に対し各二三五万五、八八五円および内、治療費・入院雑費の合計各六万八、八九三円を控除した各二二八万六、九九二円に対する事故日の翌日である昭和四五年五月八日から、右各内金六万八、八九三円に対する本訴状送達日の翌日である昭和四六年一〇月八日から各支払済に至るまで同割合による遅延損害金の各支払を求め、原告桑原は被告に対し四〇万円およびこれに対する事故日の翌日である昭和四五年五月八日から支払済に至るまで同割合による遅延損害金の支払を求める。
二 被告(請求原因に対する答弁)
請求原因(一)項の事実は認める。
同(二)項の事実中、被害者の傷害の内容、治療経過は不知、被害者の死亡が本件事故によることは否認する。
同(三)項の事実中、被告が被告車を自己のため運行の用に供していたことは認め、その余は争う。
同(四)項の事実中、原告らと被害者の身分関係は原告ら主張のとおりであることは認めるが、その余は争う。同(五)項の事実は争う。
三 被告(抗弁および反論)
(一) 本件事故と被害者の死亡との因果関係について被害者の死亡原因は急性硬膜外および内血腫、頭蓋底骨折とされているが、この死因と本件事故との間には因果関係は存しない。
すなわち、原告らは、被害者は本件事故による傷害の症状のため前記原告桑原方住居縁側から転落し、死因となつた傷害が発生したと主張するが、転落の原因について原告ら主張の転落原因より大きな可能性をもつものとして考えられることは、被害者が強度の近視であつたにもかかわらず、転落当時眼鏡をかけていなかつたことである。左眼外転神経麻痺による複視は物が見えるのに対し、眼鏡をかけていなければ被害者は少し離れた物は全然見えないのであるから、近視で眼鏡をかけていないことの方が転落の原因になる可能性が強いといえる。また、傷害の程度からして被害者にとつては全く予想外の事由で転落したとみられ、この点からも全く物が見えなかつたことによる事故と考えるのが自然である。
仮に被害者が本件事故に基く傷害の症状が原因で縁側から転落したとしても、そのようなことは通常予想されるところではなく、相当因果関係の範囲内のことではない。転落の危険があつたというのであれば、防止措置がなされているべきであり、それにもかかわらず転落するということは通常予想されるところではない。また右症状によつて通常人よりも不自由な点が生じていたとしても、それは後遺症の損害として評価されるのである。そうであるからこそ、その不自由さの程度に応じ後遺症に関する損害額が異ることとされているのである。したがつて右の不自由さによつて何らかの事故が発生したとしても、新たな事故を考慮することなく、後遺症の程度に応じた等級によつて損害額の算定をなすべきものである。
(二) 免責について
被害者は、徒歩で本件事故発生地である交差点に達し道路を横断しようとしていたのであるから、進行方向の信号が青であることを確認して道路に進入すべき注意義務があるのに、これを怠り漫然道路に飛び出したため、本件事故が発生したものである。渡部は、被告車を運転し本件交差点にさしかかつた際、進行方向の信号が青であるのを確認しつつ、かつ、右折しようとして待機していた対向車があつたので減速のうえ前方を注視して進行したところ、被害者が突然路上に飛び出したため、急制動の処置をとつたが、僅かに間に合わず本件事故が発生したものである。したがつて被告車の運転者であつた渡部には運転上の過失はなく、事故発生はもつぱら被害者の一方的過失によるものである。また被告には運行供用者としての過失はなかつたし、被告者には構造上の欠陥も機能の障害もなかつたのであるから、被告は自賠法三条但書により免責される。
(三) 過失相殺の主張
本件事故は、前述のとおり、被害者の重大な過失が原因となつて発生したのであるから、賠償額算定についてはこれを斟酌すべきである。
なお、治療費中本訴請求外の五〇万円が自賠責保険から填補されているが、これも賠償額算定に当たり算入させるべきである。
四 原告ら(抗弁に対する認否および反論)
(一) 認否
免責の抗弁事実中、被害者が進行方向の信号が青であることを確認しないで横断したことは否認し、その余は争う。
過失相殺の抗弁事実は争う。
本訴請求外の治療費五〇万円が自賠責保険から填補されたことは認める。
(二) 本件事故と被害者の死亡との因果関係について
被告は被害者が縁側から転落した原因として原告ら主張の本件事故による傷害の症状よりも強い可能性あるものとして、被害者の近視を挙げるが、被害者が生前立居振舞に困難をきたす程近視に悩んでいた事実はないし、通常は眼鏡を使用して一般人と同様な日常生活を営んでいたもので、転落の際も同様と推認される。
また、一般には近視とは物の輪郭がぼけることはあつても、物の存在やその遠近の判断は可能なものであり、縁側の端を見誤まるということは通常ありえないから、転落の原因が近視によるものとする被告の主張は何ら根拠がない。
結局、転落の原因が原告ら主張の前記三つのいずれかによるものとするならば、そのいずれにしても、発生の可能性は医学的に客観性をもつて十分予見し得ることなのであり、被害者の死亡も本件事故に基くものとして、相当因果関係の範囲内に属するものと認めるべきである。
この場合、被害者が主観的に結果を予想し、結果発生の防止措置をしていたかどうかというようなことは相当因果関係の判断の基準にはならない。その判断は、客観的に予見可能か否かが問われなければならない。本件の場合被害者としては、転落などは予想もしない出来事で、過去にこのような経験があるわけでもなく、突如事故に遭遇し、後遺症の診断がなされたのは事故後約六か月のことであり転落したのはその診断後僅か一一日後のことである。被害者としては、まだ自己の身体状況について十分な認識も、将来の生活に対する覚悟もできる間がない時期である。後遺症の診断がなされたということのみをもつて、損害の結果が評価しつくされたという被告の主張は誤りである。本件の場合、後遺症の診断は、傷害の一経過を示すに過ぎず、その後に至つてより重い結果が発生すれば、その結果まで含めて全損害を算定するのが当然のことである。
一般的にいつて、自動車を歩行者に衝突させた場合、歩行者が負傷するのみならず、しばしば死亡する結果に至ることは、通常予想されることなのであるから、その死亡に至る経過が合理的に予見可能なものであるならば、死亡の結果についても加害者は責任を負うべきである。
第三証拠関係〔略〕
理由
一 請求原因(一)項記載のとおり本件事故が発生し、被害者が傷害を受けたことは当事者間に争いがない。
二 被告が加害車である被告車を所有し、自己のため運行の用に供していたことは当事者間に争いがないところ、被告は、同車運転者渡部には運転上の過失はなく、本件事故は被害者の一方的過失によつて発生したものであるから、損害賠償の責任を負わない、また、仮に被告が賠償責任を負うとしても、被害者に本件事故の一因となつた過失があつたから損害額算定にあたり斟酌すべきであると主張するので、まずこの点について判断する。
〔証拠略〕によれば、本件事故現場は、幅約一〇・七メートルのアスフアルト舗装道路(中仙道方面と川越街道方面を結んでいる。以下甲道路という。)と幅約七・四メートルのアスフアルト舗装道路(上板橋方面と環状七号線方面を結んでいる。以下乙道路という。)が直角に交差する、信号機が設置された、甲・乙道路上に長方形状に横断歩道(合計四つ)のある交差点内であるが、同交差点付近では、甲道路の速度制限は毎時四〇キロメートル以内とされ、甲道路の右交差点中仙道側においてガードレールによつて車道から区別された幅各約一・五メートルの歩道があるが、甲道路の右交差点川越街道側および乙道路において白線により歩車道の区別がなされているにすぎず、また同交差点付近においては住家、店舗等が密集し、甲道路と乙道路との遠方からの相互の見通しは、付近の建物、塀等に視界を遮えぎられ良好とはいえないが、交差点手前二〇ないし三〇メートル付近から交差点両側の横断歩道付近の様子は見ることができ、本件事故当時も雨天であつたが、降雨により視界が妨げられることはなく、ただ路上は湿潤状態であつたことが認められ、右認定事実に反する証拠はない。
右認定事実と〔証拠略〕によれば、被害者は、本件事故前おりからの降雨を避けるため傘をさして乙道路の歩道上を上板橋方面から訴外沢藤電機株式会社のコンクリート塀沿いに歩いて右交差点の角に達し、同所で一旦立ち止まつてから、右交差点中仙道側の横断歩道を環状七号線方面へ向つて渡ろうとして歩き出したところ、右交差点を川越街道方面から進行してきた被告車の左前部と、甲道路の右沢藤電機ガードレール端から約一・五メートル道路中央寄りの地点で接触し、同所路上に転倒したことが認められ、右認定に反する証拠はない。また、本件現場付近状況についての前示認定事実、〔証拠略〕によれば、渡部は、被告車(長さ約九・八メートル、高さ約三・三メートル、幅約二・五メートルの八トン積大型貨物自動車)を運転し、甲道路を川越街道方面から進行して本件現場にさしかかつたところ、右交差点までの間においては被告車に先行する車両がなく、同交差点手前約二〇メートルの処から、被害者が乙道路を前示のとおり歩き、交差点角に達したのを認めていたが、そのまま進行を続け、前示接触地点から約九・四メートル手前の交差点内で初めて被害者が前示方向へ横断を開始したのを認めて同女との接触の危険を感じて直ちにブレーキをかけたが、間に合わず、それから七メートル弱走行し前示地点で被害者と接触し、その後二メートル弱走行して停止したことが認められ、右認定に反する証拠はない。
そこで、被害者が右横断を開始したとき、甲道路の信号が青を現示し、乙道路の信号が赤を現示していたかについて、右認定の各事実を前提に検討してみると、証人渡部は被告車の走行状況等について、被告車は毎時約三〇キロメートルの速度で右交差点に向けて進行していたが、渡部は交差点の手前二〇ないし三〇メートルの処で甲道路の信号は青を現示していたのを確認し、さらに交差点の約一〇メートル手前で再び確認してそのままの速度で交差点に進入したと証言し、証人尾形忠は、被告車は毎時三〇ないし四〇キロメートルの速度で右交差点に進入したが、その際甲道路の信号は青を現示していた旨証言しているが、原告融の本人尋問の結果によれば、被害者は、自宅から約三〇メートルの距離の右交差点を長期間にわたつて利用し、付近の様子を熟知していること、本件事故後原告融に対し、信号を無視して横断したものでない旨述べていることがそれぞれ認められ(この認定に反する証拠はない。)、右事実および被害者は右交差点角に至つて一旦立ち止り、それから横断を開始したことを考慮すると、被害者が本件事故直前赤信号を無視して横断したとは考え難く、さらに、証人小野寺光政は、被告車は黄信号で右交差点に進入し、間もなく信号は赤に変つた旨証言し、この証言は渡部の証言と両立しないものではないうえ、右認定の被害者の行動ともよく符合し合理的なものといい得るし、前示の被告車の重量、進行状況、本件事故態様に鑑み、甲・乙道路の信号の現示内容如何と関連する被告車の事故直前の速度について、渡部、尾形の各証言には疑問なしとしないこと等諸事情に照すと、右渡部、尾形の各証言は、被告車は青信号で右交差点に進入し、したがつて、被害者は赤信号で横断したとの事実を認めるに足らず、他に右各事実を認めるに足りる証拠はない。そうすると、渡部に本件事故発生について信号無視もしくは前方不注視の過失がなかつたとまで認めるに足りる証拠はないから、被告は自賠法三条により本件事故によつて原告らに生じた後記損害を賠償する責任があり、また、被害者に本件事故発生についてその一因となる過失があつたと認めるに足る証拠はないから、被告の過失相殺の主張は失当であり、被告の右各主張はいずれも採用できない。
三 そこで、つぎに本件事故と被害者の死亡との因果関係の存否について判断する。
事故発生についての当事者間に争いのない事実、〔証拠略〕によれば、被害者は昭和四五年五月七日午後四時頃被告車と接触して転倒し、頭部を強打し、これによつて当日から意識不明のまま西尾医院に入院したが、同医院で頭部外傷、顔面挫創、胸部・腰部・両下肢挫傷の診断を受け(同月九日には意識が回復した。)、同年六月二七日までの間同医院において入院治療を受けた結果、同日までに頭部外傷を除いた右傷害はほぼ治癒したものの、右頭部外傷に基くてんかんの疑いがあるばかりか、眩暈、頭重感が残存し、また、左眼外転神経麻痺がみられたため、同年六月二八日から同年一一月二〇日までの間(実日数一二七日)ひき続き右西尾医院に通院して、右各症状に対する治療を受けていたが、一向にはかばかしくなく、のみならず右の左眼外転神経麻痺にもとづく不安神経症状が現われたので、同年一一月二一日再度西尾医院に入院し、右不安神経症が軽快した同年一一月三〇日に退院したものであるが、その時点では左眼外転神経麻痺症状およびそれによる複視はほぼ固定し、治癒の見込みがなく、また、右外傷性てんかんの疑いは依然として存し、けいれん性のてんかん発作のおそれが残存し、抗てんかん剤は継続して投与することを要し、眩暈、頭重感は継続し、容易に軽快する気配はなかつたことが認められた。そこで、原告桑原は、同年一二月一日被害者を肩書地自宅へ連れて帰り、同所で療養させるとともに、竹田綜合病院あるいは前田眼科医院に通院治療を受けさせていたが、右各症状に変化がみられず、これらに悩まされていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
〔証拠略〕によれば、被害者は昭和四五年一二月一一日午後一時頃原告桑原の肩書地住居において原告桑原の孫賢司(四才)の遊び相手をしていたところ、その縁側から転落し、直下の路石で頭部を強打し、このため急性硬膜外および内血腫、頭蓋底骨折の傷害を負い、同日志波病院で応急手当を受けたのち竹田綜合病院で手術を受けたが、同日右各傷害が原因で死亡したこと、被害者が転落した縁側は原告桑原宅の中庭に面した地上約四六センチメートルの高さの木製のものであり、また、右路石は横八五センチメートル、縦六九センチメートル、高さ九センチメートルの長方体で、右縁側に接して右中庭に置かれていたものであり、被害者は転落後間もなく右路石の端より約二〇センチメートルの処に頭を、両足をほぼ中庭の方向に向けて仰向けに倒れていたところを右賢治に知らされた原告桑原らに発見され、その直後は、「私どうしたの」などと発言して意識を有していたこと、また、被害者は本件事故にあうまで心身とも健康で、主婦として原告融ら三名とともに通常人と変るところのない家庭生活を行なつていたことがそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。
右認定事実によれば、被害者は右縁側上において直立またはそれに近い姿勢にあつたときに、予期し得ないか、自分自身では防ぎ難い事由が原因で、自己の手足で身体を支えて衝撃を緩和させることなく、縁側から頭部を下にした恰好で踏石の上へ転落し、頭部を右踏石で強打したものと認められるが、右縁側および踏石の状況からして、通常人であれば右縁側から被害者のような恰好で転落することはほとんど考えられず、また、被害者自身本件事故にあうまで主婦として通常の日常生活を送つてきていたもので、右のような転落の原因となり得る精神的・肉体的な欠陥を有していたことはないのであるから、被害者の死亡直前の前示症状をも合せ考えると、右転落の原因については、被害者が本件事故によつて受けた頭部外傷にもとづくけいれん性てんかん発作または眩暈が起きて、被害者が転倒し、縁側下に転落したか、左眼外転神経麻痺による強度の複視のため被害者が自己の位置から縁側端までの距離の目測を誤り転落したものと推認するのが相当である。
ところで、被告は、被害者の右転落の原因は、被害者の強度の近視による目測の誤りにあり、本件事故と被害者の死亡との間に因果関係はないと主張する。〔証拠略〕によれば、被害者は本件事故の相当以前からかなり強度の近視であつたため、常時近視用眼鏡をかけて視力を矯正していて、眼鏡をとるのは就寝時等限られた場合であつたこと、本件事故後専門眼科医において精密な視力検査を受けた時、裸眼視力は左右とも〇・〇三で、眼鏡による矯正視力は左右とも一・〇であつたことがそれぞれ認められ、右事実被害者が転落直前賢司の遊び相手をしていたことおよび前示転落時の状況からすると、被害者は右縁側から転落した時も眼鏡をかけていたと推認され、右認定を左右するに足りる証拠はない。そうすると、被害者は転落時眼鏡により視力を矯正され、ほぼ正常に近い視力を有していたものであるから、右縁側端までの距離について目測を誤ることはほとんど考えられない。
また、被告は、被害者が前示頭部外傷による各症状が原因で右縁側から転落し、死亡したとしても、右は通常予想し得るところではなく、本件事故と被害者の死亡との間には相当因果関係がなく、被害者の死亡による損害について被告は賠償責任がないと主張する。
一般不法行為において、加害者が被害者に対し損害賠償責任を負うというためには、加害行為と損害発生との間に「あれなければこれなし」との因果関係が存することを要することは勿論、右因果関係は、加害者の法的責任を問う前提要件であるから加害行為と結果発生に至るまでの諸事情を客観的に判断し、前者なければ後者なしとの相当な関係が存することを要することは当然であるけれども、加害者が加害行為によつて発生した損害の内どの範囲まで賠償責任を負うかについて民法四一六条が類推適用されるとしても、加害行為時において損害発生の結果を通常予見し得る限り、加害行為から最終的な損害発生に至るまでの事実経過の逐一を予見し得なくとも、加害者は発生した損害全部について法的責任を負うべきであると考えられる。
これを本件についてみると、被害者が本件事故により頭部外傷等の傷害を受け、頭部外傷によるてんかんの疑い、左眼外転神経麻痺、眩暈、頭重感等に悩み、結局右症状が原因で前示縁側から転落し、頭蓋底骨折等の傷害を負い、これが致命傷になつて死亡したとの詳細な事実経過はともかく、大型貨物自動車を歩行中の被害者に接触させ、路上に転倒させたという本件事故態様に照せば、事故当時被害者が本件事故が原因で死亡するという結果が発生することのあることは通常予見し得るところであり、そうであれば右の事故発生から被害者の死亡に至るまでの詳細な事実経過については逐一これを予見し得ないとしても、前示認定のとおりの事実が存する限り本件事故と被害者の死亡との間に相当因果関係が存し、被告は被害者の死亡による損害について賠償責任を負うということができる。
四 つぎに原告らが本件事故によつて蒙つた損害額を算定することとする。
(一) 被害者に生じた損害
1 治療費(既填補分を除く) 一八万八、〇八一円
〔証拠略〕によれば、被害者は前示西尾医院における入・通院治療費用のうち、自賠責保険からの五〇万円、国民健康保険からの支払分を除いて、一四万一、七八二円の支払を要すること、視力矯正のための眼鏡購入のため七、八〇〇円を支出したこと、前田眼科医院における治療費用として五、一五〇円を支出し、竹田綜合病院における手術等の治療費用等として二万八、七七九円を支出し、志波病院における治療費として四、五七〇円を支出したことが認められ、右各費用は被害者の症状、死亡の結果に鑑みれば本件事故と相当因果関係に立つ損害と認められる。
2 入院雑費 一万八、六〇〇円
前示認定のとおり、被害者は本件事故による傷害の治療のため西尾医院に合計六二日間入院したものであるが、これによれば右入院期間中被害者は、雑費として平均して一日少なくとも三〇〇円を支出したものと推認される。
3 休業損害 一五万八、一三〇円
〔証拠略〕によれば、被害者は本件事故当時五二才の女子で、原告融、同祐子、同玲子の家庭にあつて主婦として家事労働に従事していたほか、夫である原告融を助け、その経営する絶縁体加工販売業につき銀行取引、金銭出納等の事務を行なつていたが、本件事故によつて傷害を受けたことにより、前示治療のための入院期間(六二日)中は右家事等は一切することができず、通院期間のうち実際に通院した日(合計一二七日)は少なくとも半日は右家事等をすることができなかつたものと認められる。ところで、被害者の右家事等の労働の質量に鑑みれば、被害者は右労働をすることができなかつたことによつて、右期間は少なくとも原告ら主張の被害者と同年令女子労働者平均賃金(月収三万八、〇五〇円)を基準にして算出される金額の損害を蒙つたものと認めるのが相当である。右によつて被害者の休業による損害額を算出すると原告ら主張の右記金額を下らない。
4 逸失利益 二六五万二、八四六円
〔証拠略〕によれば、被害者は大正七年六月二五日生れの女子で、本件事故にあうまでは健康人として3に認定したとおりの労働に従事していたものと認められ、これによれば被害者は本件事故にあわなければ、少なくとも六三才に達するまで生存し、かつ、右労働に従事することができたことは確実であり、死亡による逸失利益額の算出にあたつても原告ら主張の被害者の死亡当時の同年令女子の平均賃金を基準にして差し支えないことは3で述べたと同様である。そして、被害者の家族の構成、被害者の年令に照すと、被害者が生存していれば支出を要する生活費等は右収入に相当する金額の三割を越えることはない、と認められるから、右金額から生活費等三割を控除し、中間利息については年五分を判決言渡時まではホフマン単式、その後はライプニツツ複式によつて控除し、同人の逸失利益の事故時の現価を算出すると原告ら主張の右記金額を下らない。
5 負傷に対する被害者の慰藉料
前示のとおり、被害者は本件事故によつて頭部外傷等の傷害を受け、西尾医院等に入・通院して治療を受けたが、昭和四五年一二月一一日に死亡するまで頭部外傷による各症状に悩まされたもので、本件事故による受傷によつて多大の精神的苦痛を蒙つたことは推認に難くなく、その他事故の態様等本件に顕われた諸事情を斟酌すれば、右苦痛に対しては四五万円をもつて慰藉するのが相当である。
6 相続による承継
原告融は被害者の夫であり、同祐子、同玲子はいずれも被害者の嫡出子であり、被害者の相続人は右原告三名であることは当事者間に争いなく、右原告らは夫または嫡出子として法定相続分(いずれも三分の一)にしたがい、本件事故によつて被害者に生じた前示1ないし5の損害についての被告に対する賠償請求権を一一五万五、八八五円(円未満切捨)ずつ相続により取得したものと認められる。
(二) 葬儀費用(原告融) 二五万円
〔証拠略〕によれば、原告融が被害者の葬儀を行なつたことが認められ、被害者の年令、地位に照し、右費用として少なくとも二五万円を支出したと推認され、右費用は本件事故と相当因果関係に立つ損害と認められる。
(三) 死亡に対する慰藉料(原告ら全員)
前示のとおり、被害者は本件事故による傷害にもとづく各症状の治療を兼ねて原告桑原方において療養中のところ、同方縁側より転落して死亡したものであり、その死亡までの経過に鑑み原告らは被害者の不幸を嘆き、精神的苦痛を蒙つたことは容易に推認され、原告らの右苦痛を慰藉するには原告融、同祐子、同玲子については各一一五万円、同桑原については三五万円が相当と認められる。
五 結論
よつて、被告は原告融に対し二五五万五、八八五円および内治療費、入院雑費の合計六万八、八九三円を控除した二四八万六、九九二円に対する本件事故日の翌日たる昭和四五年五月八日から、右内六万八、八九三円に対する訴状送達日の翌日であることが記録上明らかな昭和四六年一〇月八日から各支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金、原告祐子、同玲子に対し各二三〇万五、八八五円および内前同様六万八、八九三円を控除した二二三万六、九九二円に対する右昭和四五年五月八日から、右内六万八、八九三円に対する右昭和四六年一〇月八日から各支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金、原告桑原に対し三五万円およびこれに対する右昭和四五年五月八日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるから、原告らの本訴請求は右の限度で認容し、その余の各請求は失当であるからいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 高山晨 大津千明 大出晃之)